第124回例会(2021年7月例会)のお知らせ


日時: 2021年7月31日(土) 15:00~17:00
形式: Zoomを用いたオンライン形式(7月24日(土)までに事前申込み;下記「参加方法」参照)
発表: 「「壁」に挑むRhysの音楽――移民、ジャズ、‘Let Them Call it Jazz'」
講師: 近野幹結氏(慶應義塾大学大学院後期博士課程)
例会企画: 「中井亜佐子『〈わたしたち〉の到来』を読む」
講師: 麻生えりか氏(青山学院大学)、西亮太氏(中央大学)

7月例会の発表概要
研究発表「壁」に挑むRhysの音楽――移民、ジャズ、‘Let Them Call it Jazz'

慶應義塾大学大学院後期博士課程 近野幹結

 植民地出身の女性がイギリス社会で生きていく様を多くの作品で描いたJean Rhysは、ポストコロニアル作家として位置付けられている。しかし、Elaine Savoyが「Rhysは人種差別主義者でもあり反人種差別主義者でもあった」と指摘するように、彼女の人種問題に対する姿勢は両義的で複雑なものであった。Rhys作品の中でも特に彼女の複雑性が簡潔かつ明確に投影されている作品が、‘Let Them Call it Jazz’ (1962) である。カリブ系移民Selinaのイギリス社会での奮闘を描く本作が構想、執筆された1940年代後半から60年代前半の間、イギリス国内では移民の急増に伴い、race relationsへの関心が高まっていた。しかし、Rhysは本作が人種問題に対する彼女自身の思想とは距離を置いたものであると主張している。こうした発言は、彼女の人種問題に対する態度を一層不明瞭にしていると言えよう。また、本作ではジャズが重要な役割を担っているが、作中のジャズ描写が曖昧であるためか、そこに焦点を当てた先行研究は未だ少ない。本発表は、当時の移民問題と本作を照らし合わせながら、Rhysがジャズを用いた意図を探ることで、人種問題をめぐるRhysの両義性や複雑性について解明しようとするものである。

 Rhys自身は否定したものの、本作と当時の人種問題には明白な共通点が見受けられる。人種差別的近隣住民たちの表層と深層の乖離にSelinaは苦しめられるが、まさしくこの二面性は、当時の社会学者たちが指摘したイギリス人が移民にみせる態度であった。実際の移民たちを苦しめたイギリス人の二面的態度とそれに翻弄されるSelinaの姿を、Rhysは迫真性をもって描き出しているのである。そして彼女は、救済として音楽をSelinaに与える。

 Selinaにとって音楽は自己防衛の手段であり、彼女は抑圧的な社会と周囲の人々に反発するかのように歌う。しかし、それが引き金となりSelinaは投獄されてしまう。打ちひしがれる彼女だが、懲罰房から歌われるHolloway Songを聞き、「いつかこれらの壁が壊されるかもしれない」と生きる気力を取り戻す。その後、Selinaが口ずさむHolloway Songをある男がジャズ風にアレンジし、売ってしまったと知った彼女は、自身からその歌が奪われたと取り乱す。しかし、彼女はHolloway Songが無傷のまま自身のなかに残っていると気づき、安堵する。

 ジャズは現在まで様々な形に変容してきたが、特に1940年代後半から60年代前半にかけてmodern jazzのムーブメントが起こることで、一層多様性を帯び、その定義づけも困難を極めるようになっていた。このジャズの揺らぎをRhysはHolloway Songの描写に巧みに利用し、ジャズに近似しつつもジャズではないHolloway Songと、男による大衆化されたジャズと対比させることで、SelinaのなかのHolloway Songの不可侵性を強調したのである。また、本作の執筆とJoe Harriottによるfree formの創成期が同時期であることは注目に値しよう。音楽の即興性と一瞬性の追求、伝統や人種などのあらゆる「壁」への挑戦など、SelinaとHarriottには共通点がある。しかし、最終的にSelinaは「壁」が容易に破壊されることはないのだと悟ることになる。

 自らも植民地出身であり、イギリス社会に馴染むことができずに苦労したRhysは、移民たちの苦痛の叫びをSelinaの物語に込めた。他方で、人種問題が容易に解決できるものではないことを痛感していたRhysは、作中で反差別主義を強く唱えることはせず、ただSelinaの諦めの姿を描いた。しかし、Holloway SongがSelinaのなかで奏でられ続ける限り、「壁」が崩壊するという希望も潰えないのだ。

 このように本作は、諦めと希望という相反する態度が混在する作品である。この二律背反性がRhysの人種問題に対する態度を複雑にしているが、両極の態度を率直に描くところにこそ、Rhysの作家としての本質があるのではないかと考えられる。


例会企画

  • 題目:「中井亜佐子『〈わたしたち〉の到来』を読む」
  • 講師:麻生えりか氏(青山学院大学)、西亮太氏(中央大学)

 今回の例会企画では、本会会員の中井亜佐子先生が昨年出版された『〈わたしたち〉の到来』(月曜社)をめぐって麻生えりか先生と西亮太先生のお二人にご討論いただきます。すでにお読みの方も多くいらっしゃることと存じますが、中井先生の今回のご著作は、ヴァージニア・ウルフ、ジョゼフ・コンラッド、C. L. R.ジェームズという書き手を中心に、20世紀初頭の作家から現代に生きる「わたしたち」を含めて論じられるという意味で非常に重要な著作です。多くの皆様のご参加をお待ち申し上げております。

参加方法

 新型コロナウィルス感染拡大に伴う国内情勢に鑑み、本年度の7月例会も昨年度に引き続き、Web会議にて実施いたします。5月28日に東京や大阪などの9都道府県に緊急事態宣言の延長が決定され、移動の困難が引き続き予測されます。そのため現状では、全国に居住する会員の皆様のご参加が見込めないため、対面実施は引き続き難しく、しかし同時に、会員の皆様の研究活動を支援するためには中止ではなく、オンライン形式での実施を決定いたしました。皆様の再びのご理解とご協力をお願い申し上げます。具体的には、今回の例会もZoomというアプリケーションを使って実施いたします。報道にもありますように、セキュリティ面での懸念があることから事前登録をお願いいたします。昨年度から導入されたオンライン授業とともに今年度はオンライン授業と対面授業を同時進行するハイフレックス授業などでさらにお忙しい時期とは存じますが、ふるってご参加ください。

日時: 2021年7月31日(土) 15:00~17:00

場所: Zoomを用いたオンライン会議

登録締め切り期日: 7月24日(土)

事前参加登録URL:https://zoom.us/meeting/register/tJArduqsrDouEtz1EusnwJSNZ7hXV_miDvlk


7月例会事前登録方法

  1. 事前登録:【7月24日までに】上記の事前参加登録URLをクリックすると、【図1】のように表示されますので、「お名前」、「メールアドレス」、「会社名/学校名」(ご所属)をご記入いただき、本協会の会員か非会員かをお答えください。以上で事前登録は終了です。(ご所属をお伺いするのは簡便に事務手続きを進めるためです。ご所属がない場合は「無所属」とご記入ください。)
    * 事前登録締め切り以降も、例会前日までは登録を受け付けますが、スムーズな運営のためにできるかぎり、期日までの登録にご協力くださいますようお願い申し上げます。
  2. 【例会前日までに例会専用URL送信】事前登録者には、例会前日までに、登録されたメールアドレス宛に、右記のような例会参加登録を通知するメールを送信いたします。
  3. 【例会当日】例会当日は、【図2】にあるとおり「ここをクリックして参加」を押してご参加ください。(もしくは、ミーティングIDとパスコードを用いて参加していただくことも可能です。)
    * 例会の開始は15時ですが、手続き上、できる限り開始14:50~14:55に入室ください。事前登録名簿でお名前を確認できた方から入室を許可いたします。(15時以降に入室いただくことも可能です。)

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